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プロフィール
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Author:たかず

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| 大河ドラマ「篤姫」第44話「龍馬死すとも」 宮崎あおい 瑛太 稲森いずみ 堀北真希 玉木宏 平岳大 小澤征悦 原田泰造 中嶋朋子 中村メイコ 北大路欣也 片岡鶴太郎
家茂(松田翔太)のいなくなった大奥は寂しさに包まれていた。跡を継いだ慶喜 (平岳大)は京にあり、薩摩長州との戦いに備えている。天璋院(宮崎あおい) は、主のいない大奥の危機をひしひしと感じていた。一方、帯刀(瑛太)は西郷 (小澤征悦)、大久保(原田泰造)とともに岩倉具視(片岡鶴太郎)の元にいた。 岩倉は、幕府を武力で倒すべきと主張。それに同意する西郷と大久保に、帯刀は 衝撃を受ける。帯刀は龍馬(玉木宏)から和をもって幕府を倒す大政奉還の策を 聞き、その実行を決意。諸侯の集まる会議の席で、政治を幕府から朝廷へと返す 大政奉還の意義を熱弁する。慶喜が政権を返上するとの知らせが届いた大奥は 動揺する。天璋院もどうして良いか分からない。 そんな中、庭田嗣子(中村メイコ)が倒れ他界し、静寛院(堀北真希)は深い 悲しみに包まれる。帯刀は薩摩へと帰る数日前、龍馬と日本の未来について語り あっていた。しかし薩摩に帰った帯刀の元に届いたのは、龍馬暗殺の知らせだ った。天璋院は勝(北大路欣也)から大政奉還の意味と、それに命をかけた龍馬 の存在を知る。そして、ある決意を大奥の皆の前で語り始める…。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 久しぶりに追いついたと思ったけど・・・
やっぱり今回は前・後編で2回に分けて 後編で坂本龍馬話を
(前編)
慶喜は京におり、天璋院はむろん蚊帳の外
岩倉邸 小松「慶喜公は12月に兵庫の港を開き、江戸並びに大坂に外国人が住まう ことを許されました」 岩倉具視「慶喜さんは あくまで徳川宗家による政を貫こうとしておられる そういうことやな」 西郷「じゃっどん。慶喜公の元では日本国を一つにまとめることなんど到底 無理なことでござい申す」 岩倉「ならば幕府を討ちますかな。驚かれぬということは、既に考えてお られた かな?」 西郷「考えて、おりもした」 大久保「慶喜公を将軍の座から追い落とし、徳川の世を終わらせる」 小松「お待ちください。それは薩摩藩の考えではありません 私は討幕などもってのほかと存じます。そもそも大義名分がありません」 岩倉「今は大義より策や。策ならありまっせ。幕府を朝廷の敵、朝敵にすれば ええことやぁ」 西郷「その理由は?」 岩倉「そないなもの後から何とでもつけられますぅ」 大久保「しかし、そのような勅命を帝が易々と下されるとは・・」 岩倉「先の帝と違うて、今の帝は幕府と格別お親しくあらっしゃいません。 しかもご幼少ゆえ 我らのうちにおわしますと言うてもよろしい。 よって勅命は我々で作ればええのどす」 小松「幕府を倒すことなどあってはならないことだと思います。 日本国を大乱の中に投げ込んで何の良き事が生まれましょう」 岩倉「甘おすなぁ。我らが目指すのは帝を中心に朝廷と有力諸候が力を合わせ て政を行うという新たな日本国の形。それには幕府という古い大きな建物は 邪魔なだけや。全部たたきつぶして更地にしてから取りかからななりまへん」
寺田屋、 坂本「勅命によって幕府を武力で倒すがかえ」 小松「どうお考えですか?坂本さんは」 坂本「長崎からこっちに向かう船の中で 八つば策を考えちょったがやけんど 和を以て幕府を倒すいう方策じゃ」
船中八策 天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事 ※坂本が作成したかはちょっと疑念も・・・
坂本「幕府には政から手を引いてもうろうて政権を朝廷に返すいう そういうことじゃきに」 小松「つまり慶喜公は将軍ではなくなると言うことです」 坂本「今、土佐の後藤象二郎いう男がこの策を大政奉還いう名目でまとめ よるき」 小松「しかし、慶喜公が受け入れるでしょうか?」 坂本「大政を奉還したら、たとえ幕府を武力で討てとの勅命が出たち 倒すべき幕府は もはやないき。慶喜が利口やったら大政奉還するに決まっ ちょる」
「薩土盟約」が結ばれた。 土佐としては大政奉の実現のため 薩摩と組んだというところかな
将軍職ヲ以テ天下ノ万機ヲ掌握スルノ理ナシ。自今宜ク其職ヲ辞シテ 諸侯ノ列ニ帰順シ、政権ヲ朝廷ニ帰ス可キハ勿論ナリ
そして 10月3日 土佐藩(前藩主山内容堂)は後藤象二郎 福岡孝弟を通じて 大政奉還の建白書を幕府(老中板倉勝静)に提出 ※実際は9月20日に若年寄・永井尚志が後藤象二郎に大政奉還の建白書を 出すように促していた。 (このドラマでは山内容堂と後藤象二郎の存在感がないねぇ。 会津よりは ましかもしれないけど。後藤象二郎役の古本新之輔って 関西では以前の「ミナミの帝王」の萬田銀次郎の舎弟役でおなじみ。 名前が古田新太と紛らわしいけど)
これをうけて10月13日慶喜は二条城に在京の40藩の諸候 重臣達を集め 大会議を催した上で、その翌日10月14日大政奉還を朝廷(明治天皇)に 上奏 (15日勅許) この14日は「討幕の密勅」が薩長両藩に下った日でもあった。
この密勅の内容は「賊臣慶喜を殄戮(てんりく)」せよという過激なもの 京都守護職の松平容保(会津藩主)と京都所司代の松平定敬(桑名藩主) を「諌伐」せよという勅命もね。 まさに一桑会に対する敵意が向きだし。
※「大政奉還」というプラン自体は坂本龍馬のアイデアではない。 その前から松平春嶽も 考えていたし、幕臣でも大久保一翁なんかがこの 考えを皆に披瀝し(おかげで左遷 されたが)、松平春嶽にも書簡を 送っている。幕府の決めた開国が朝廷に認められない ならば、責任を 取って将軍が政権を返上すべきだという考え方やね。 http://kazuuun.blog79.fc2.com/blog-entry-1820.html
坂本龍馬は「土佐藩」が幕府に大政奉還を「建白」する過程で活躍した。 実際は、慶喜が永井尚志を使って提出させたわけやけど。 将軍自らは言い出せないから。
ところで この「討幕の密勅」は偽勅ではないかとか問題はあるけれど、 そもそも、これを求めた文書には薩摩側から小松帯刀・西郷吉之助・ 大久保一蔵の署名があり、ドラマのように小松が武力倒幕反対派で あるかのような描き方はどうかと思う。
この話をツッコむと 「討幕の密勅」と「大政奉還」が同日なのは本当に偶然なのか? という問題も出てくるね。 (続く)
| | 2008/11/09 20:55|大河ドラマ|▲
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